プロフィール

デザインのしごとをしています。わたしの仕事の特徴は、カラフルな色と早くて効率的な作業です。プロフィールから、なぜそうなったのか垣間見えますので紹介いたします。

 

1971年12月25日、横浜市生まれ。勉強、運動を苦手とし、ほかに得意分野もなかったため高校、大学と美術系に進み人手不足とバブルが手伝い、そのまま渋谷にあったとあるデザイン事務所に就職決定。

 

当時はバブル。外車を乗り回し、社長は高級マンションに住み、毎夜繰り広げられる贅沢三昧。即座にバブルは崩壊し、戦力不足の社員としてクビ同然にて退社。
その後、秋葉原にある輸入代理店に勤務したが、地下鉄サリン事件が目前で起こったことをきっかけに退職。地元の横浜市にある広告代理店に制作として就職。作っていたものは、一色刷りの新聞折込求人広告。一週間に4部を発行するハードなものであったが、残業はしたくない!と奮起。仕事の効率化をはかり、即座にいくつも作るデザイン力も鍛えられた、と思う。


2000年 出産を機に別府市に移住。
今後どう生きるか。


結果、別府市にあったデザイン事務所に就職。コンペなどの仕事が多数。コンペでは、作業時間よりも「本質」をしっかり見極めることが大切で「調べる」事を重視。それでも、子どものお迎えがあるため9時~5時の勤務時間を遵守。仕事中に集中してすべての要素を頭に入れ、それをもったまま一度忘れて家で過ごすと翌日の朝、会社に向かう道でアイデアが登場することが多かった。あとは会社で形にするだけである。私は車に乗らない主義であったが、電車通勤と徒歩という時間はとても重要であった。
会社での別府市、日田市、豊後大野市、九重町などのポスター、パンフレットなど

 

2006年 九重町のポスターで日本観光ポスターコンクール銀賞受賞。
2010年 出産を機に退社。2011年 作家の宮木あや子、豊島ミホ、山本文緒さんら10名によるチャリティ文芸誌「文芸あねもね」の装丁デザインを手掛ける。

 

現在も、子育てを重視しながら自宅で仕事をしている。

 

目標は昔の商店のおかあちゃんみたいな仕事のしかた。

家とお店と繋がっていて,いつでも仕事も子育ても出来て、周囲の人がそれに理解があること。

日本人が一度捨てたスタイルではあると思うのだけれど、今の子どもたちを見ていると

働く母と一緒にいる、ということがもう一度見直されて良いと思うのです。

1 日本国内への配送に適用されます。その他の国についてはこちらをご参照ください
2 (税込)
概要 | 配送/支払い条件 | プライバシーポリシー | サイトマップ
Copyright © 2012 haran Japan Co., Ltd. All Rights Reserved.